ニルスの摩訶不思議な旅

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第8回 「スウェーデンチームの活躍」ワールドカップ2002

2002.7.5

この原稿が配信される頃には、あれほど盛り上がっていたワールドカップは終わってしまっていますが、今回はワールドカップのために日本に帰った時のことをお話ししたいと思います。ちょっと長くなってしまいましたが、私自身もとてもいい経験ができたので、その体験談をお話しします。

2002年ワールドカップ時のスウェーデンのFIFAランキングは16位です。そしてスウェーデンチームは、死のF組と言われたアルゼンチン、イングランド、ナイジェリアのグループに入っていました。スウェーデンでもサッカーは人気があり、今回のワールドカップを心待ちにしていた人々もたくさんいます。94年のアメリカ大会では3位、98年のフランス大会は予選敗退で出場できませんでしたので、今回の日韓大会での出場は、スウェーデン人にとってもとても期待された大会でした。

今回のスウェーデンチームの試合会場は日本のみで、スウェーデンからも多くのサポーターが日本へと応援に来ていました。ワールドカップ日本組織委員会のJAWOCは、世界中からのサポーターのもてなしにとても力を入れていました。どんなにマイナーな言語でも、その言語の通訳者を配属するように手配しており、特に日本ではマイナーなスウェーデン語、アラビア語、クロアチア語等の対応に困っていたようです。そこで、スウェーデン語通訳として私が協力することになり、スウェーデンチームが試合をする会場へと出向くことになりました。

スウェーデンチームの第1回戦はイングランド戦で、埼玉会場でした。埼玉会場に向かう電車や駅で、スウェーデン人サポーターを何人か見かけました。彼らはみな揃って黄色と青のスウェーデンカラーのユニフォームを着ており、国旗を背負っている人もいるので、すぐに分かります。改札で切符の買い方が分からなくて困っていたサポーターにスウェーデン語で声をかけると、とても意外な顔をされ、行き先が同じこともあり、すぐに意気投合しました。彼らはかなり熱心なサポーターで、スウェーデンチームの試合のある会場には海外であろうといつも出かけているとのことでした。バッグの中からは国旗の他に、黄色と青の帽子や手袋など応援グッズがいろいろと出てきました。競技場のある浦和御園駅に着くと、スウェーデン人サポーターの数がますます増え、知らない者同士でも同じ国のサポーターということで、すぐに仲良くなっていました。

競技場のスタンドに行くと、スウェーデン側は黄色いユニフォームで埋め尽くされており、顔にスウェーデン国旗を描いた人々で盛り上がっていました。長靴下のピッピに扮しているサポーター、バイキング時代の角のついた帽子をかぶっているサポーターなど、スウェーデンらしい扮装をしたサポーターが目立ちました。いちばん面白かったのは、相手チームのイングランドのエリクソン監督の等身大の写真を持ち歩いているサポーターでした。エリクソン監督はスウェーデン人なので、スウェーデン人にとっても守護神のような存在なのかもしれません。

この試合はイングランドのベッカムのすばらしいコーナーキックで1点を先制されましたが、頼みの綱のラーションのゴールで引き分けに持ち込むことができました。

第2回戦は神戸会場で、ナイジェリア戦です。スタンドではナイジェリアの応援の方がやや多い気もしましたが、埼玉会場の時と同じサポーターたちで、スウェーデン側は盛り上がっていました。例のエリクソン監督ももちろん来ています。神戸はかなり暑く、試合も炎天下の3時半キックオフということで、試合が始まる前から酔っ払って盛り上がっていた人々が、試合が始まると同時に気分が悪くなるケースもありました。スウェーデン人は英語がとてもよく通じるので、わざわざ私がスウェーデン語で通訳をしなくてもいいくらいなのですが、やはり具合が悪い時に母国語で対応してもらうととても安心するようで、大変喜ばれ、私自身も役に立てたことをうれしく思いました。ナイジェリア戦は2-1の逆転で勝つことができました。

3回戦は仙台会場でアルゼンチン戦です。この試合によって、予選リーグの結果が決まるので、スウェーデンもアルゼンチンも必死です。例のエリクソン監督を抱えたサポーターももちろん応援に来ていました。アルゼンチンは今回勝たないと決勝リーグには進めなくなるので、サポーターもかなり気合が入っており、スウェーデン側にもかなりのアルゼンチンサポーターが入っていました。

試合が終盤にさしかかるにあたり、両サポーターとも熱くなってきて、もしかしてケンカになったりしないか心配になるほどでした。結局同点の引き分けで、スウェーデンが決勝リーグに進むことになりました。思いがけないF組1位というスウェーデンチームの快挙にサポーターたちも会場から帰ろうとせず、ずっと盛り上がっていました。選手たちがサポーターに挨拶に来ると、ますます盛り上がりが激しくなりました。アルゼンチンの一次リーグ敗退が決まったわけですが、心配していたアルゼンチンサポーターはショックが隠し切れない感じではありましたが、あまり過激にはならず、一部のサポーターはスウェーデンサポーターとユニフォームの交換をするというほほえましい場面もありました。

日本のメディアはF組の結果について、アルゼンチンまさかの敗退、ベッカムのイングランドは決勝ラウンドへ、という見出しばかりが大きくて、1位のスウェーデンに関しては、とても小さく扱われているだけでした。

F組1位ということで、決勝リーグ1回戦は大分会場でセネガル戦でした。大分ではまさかスウェーデンが来るとは思っていなかったようで、対応に大慌てだったようです。「歓迎」の言葉はスウェーデン語ではなくフランス語や英語になっていました。ちなみにスウェーデン語で「歓迎」はVa:lkommenヴェルコメンです。(注、a:というのは、aの上に点が2つある文字です。)

セネガル戦はゴールデンゴールで残念ながら負けてしまいましたが、スウェーデンチームの健闘は本当にすばらしかったです。スウェーデンが負けてしまったショックで会場からなかなか帰らないサポーターもいましたが、そんな彼らも街中で暴れることもなく、日本での滞在を楽しんで帰って行ったようです。スウェーデンが勝ち進めばスウェーデン戦のチケットが手に入るスマートカードを持っていたサポーターも、スウェーデンが負けた後はタイや他のアジアの国に行ったりして、それなりに楽しく残りの休暇を過ごしたようです。

スウェーデンサポーターが応援する際にお互いに掛け合う言葉がありますが、それは、"Vi a:r svenska fans alla ihop"(ヴィ ア スヴェンスカファンス アラ イホプ)というもので、「我々スウェーデンサポーターはみな一丸となって(応援しよう)」という意味です。この言葉を各会場でスウェーデンサポーター同士が掛け合っている姿は、遠い異国の地で一丸になろうとしている愛国心を感じ、スウェーデンの人々を誇りに思う瞬間でした。

また、顔にスウェーデン国旗を塗りたくり、黄色と青のスウェーデンカラーのユニフォームを着て盛り上がっているスウェーデンサポーターたちは、日本人にもとても人気があり、一緒に写真を撮りたい人々で列ができることもしばしばありました。日本ではどちらかというとマイナーで、北欧の一部としてしか把握されていないスウェーデンですが、今回のサポーターたちのパフォーマンスで、スウェーデンの知名度が少しは上がったらいいなと思います。

今回多くのサポーターから言われたことは、日本ではあまり英語が通じないということでした。駅や会場のインフォメーションセンターではかなりの英語やその他の言語対応の方がいたのですが、やはり一般的に駅やタクシーでは英語が通じずに困ったとのことでした。しかし、通じないなりにも一生懸命に教えてくれたり、道を尋ねた時はわざわざついて来て教えてくれた人もいて、日本人の親切に感激していました。扇子や番傘をお土産にもらった人もいました。

今回思ったことは、異国の人々をもてなすいちばんの方法は、彼らの言葉でもてなすということです。英語でももちろん充分なのですが、やはり彼らの言葉で話し掛けると、打ち解け方が全く違うように感じました。スウェーデンにいればスウェーデン語を話すのは当然で、有難がられるということはまずないのですが、遠い日本に来て、スウェーデン語で話し掛けられるということは、思いがけずに感激することのようで、今まで溜まっていた日本に対する感想や疑問点を思いっきり吐き出す人もいて、私自身も自分の大したことのないスウェーデン語が役に立ったことをとてもうれしく感じました。

F組1位が決まった夜に、仙台のスポーツバーのモニターで、スベンソン選手がフリーキックでゴールを決めたシーンを何度も見ては盛り上がって喜んでいるたくさんのスウェーデン人を見ながら、こんなにたくさんのスウェーデン人が日本に揃うことなど、もうそうはないと思うと、うれしいような、悲しいような不思議な気持ちで、見守るような気持ちでみんなを眺めていました。今後は、お互いの理解をより深められるような、スウェーデンと日本の掛け橋になれたら、と強く思った今回のワールドカップでの体験でした。